酪農と畑作が中心の黒松内町。アルプスファームは、もとは牧草地だった場所に落合さんが移住し、味の良さに惚れ込んで選んだ奈川在来種のソバを継代しながら、ソバ作りを行っている。
かつては牛が歩いていたのだろう。ゆるやかな丘の地形そのままに、そば畑が広がる。 畑の上を風が渡り、端のほうでは、波頭が砕けるようにそばの穂をなぎ倒していく。風通しの良さが、目に見えるようだ。ソバの草丈は高く、栄養状態の良さが見て取れる。
しっかり肥料を施して土作りをするのはもちろんのこと、落合さんは施肥について、土壌の粘土質がその種類によって栄養分を保持する力が違うことなどを語る。青粘土は、赤粘土は、と話すその言葉からは、経験や観察から得た知見が功奏している実感と興奮が伝わり、探究的なまなざしを感じさせる。
アルプスファームを見学して随所に見て取れる、清潔さと、惜しまない手間がとても心地よい。 そば畑の景色には、畑の性格ごとにそれぞれの手間がかけられていることが表れている。
写真は、風通しのよい外側だけを刈り取ったそば畑である。コンバインの通ったあとが、[ 轍 排出されたソバの赤い茎 轍 ]というストライプに見える。刈れる部分だけを刈り取って、コンバインは撤収する。また次のタイミングが来たら、出動して刈り取る。そのフットワークが軽い。
広い畑の中には、水はけの悪い場所も出現するという。ソバの根は水に弱いため、大雨で水が溜まった箇所は枯れてしまい、その後に雑草が青々と生える。だから、見ればわかるようになる。 その部分を掘り、ホタテの貝殻を入れて暗渠排水を施す。暗渠もメンテナンスされ、更新されており、そのあたりには割れた貝殻が落ちている。
アルプスファームでは、大きなコンバインを自社で2台所有している。壊れにくいことで知られる、ドイツのCLAAS社のコンバインだ。
ピカピカの農業機械を嬉しそうに見せてくれる姿は無邪気なようでもあり、実際のところ、収穫のタイミングで故障があってはならないという、収穫期をベストな状態で迎え、終えるための準備体制そのものでもある。
北海道では稀とはいえ、収穫期に台風が上陸するとなれば、その前に刈れるだけ刈る。そうした判断ひとつで出動できることも、大きな強みである。
冷涼な北海道でも、記録的な猛暑が常態化しつつある。ソバの生長においても、酷暑は受粉昆虫の活動量や発芽などに影響を落とす。
黒松内町には、現在は国の天然記念物として保護される歌才ブナ林(原生林)を伐採の危機から守ってきた歴史がある。その町の信念は、今も息づいている。
2026年1月、黒松内町は「環境再生型農業」を推進する方針を発表し、町が耕作放棄地を借り上げ、そこで環境再生型農業による新規就農希望者を育成するという「めぐさとファーム」や、先駆けるグラッドニー牧場の活動も先進的だ。
ソバは虫媒による他家受粉の作物である。土が健やかであり、畑の周囲に多様な生きものの気配があって、それが将来も変わらず豊かな実りをもたらしてくれることを、切に願う。
アルプスファームのそば作りは、単に収量を上げることではない。 土の状態を見て、水の逃げ道を作り、風の通り方を読み、刈り取るべき瞬間を逃さないこと。その年の気候を受け入れながら、次の年へ畑をつないでいくこと。 畑の癖を観察し、土の性格を面白がり、機械を信頼し、必要な手間は惜しまない。 随所に見える清潔さや、整え続けることへの執着は、品質管理という言葉だけでは少し足りない。少しずつ良くしていくことをやめられない楽しさと、潔癖という種類の茶目っ気があるように思える。